一部上場企業 ベトナム現地法人社長の裏ブログ

ベトナム裏情報です。公の場では語られない事実を掲載。

いくらで廃材を引き取ってもらってますか

ベトナムパパ

工場でしたら絶対に定期的に段ボールやビニール袋、木枠など業者に買い取ってもらっていることでしょう。


実際いくらで引き取ってもらっていますか?


※EPEや輸出加工形態をとられている工場でも手続きを踏めば業者に買い取ってもらうことが可能です。



では、見て行きましょう。 (単位:VND/キロあたり)


1)段ボール 3,000VND~5,000VND


2)ビニール袋 5,000VND
 
3)鉄材  80,000VND



この営業外収益で経理上帳簿に載せることもできますので安心です。


なかにはコッソリ転売して私腹を肥やしている担当者もいますのでご注意下さい。
数年前に某アマタ工業団地内の外資系企業で総務部長が突然解雇される事件がありました。その部長が廃材を安く転売しその差額を業者から受け取っていたそうです。給与が10万円/月で乗用車や車を買っていればあからさまですよ。
ちなみに、社長に証拠を提出したのは総務部長の部下のようです。利益分け前が少なかったそうです。独り占めはダメですね。


                                    つづく

ベトナムで生きる残る為の生活費公開

ベトナムパパ

今回は私の生活費を公開します。


妻1名、子供2名と私で合計4名で生活しています。


1)毎月のコスト


 ①住居:20万円/月
 ②子女教育費:7万円×2名=14万円 ※日系幼稚園
 ③習い事:水泳、ピアノ、サッカー 約3万円/月
 ④外食:5,000円×4回=2万円/月
 ⑤通信費:3,000円×2名=6,000円/月
 ⑥交通費:約5,000円/月 ※近所お買い物
 ⑦昼食:13,000円/月 ※妻のみ
 ⑧雑費:2万円/月
 ⑨食費:3万円/月 ※朝食、夕食代 自炊
 ⑩お手伝いさん:5万円/月


 ①~⑩:合計514,000円/月


 ここから会社負担の住居を引きます。


 実質負担:314,000円/月


2)時々発生するコスト


 ①日本一時帰国エアーチケット:10万円×4名×2名=80万円/年
 ②海外旅行保険:10万円×4名=40万円/年
 ③健康診断:3万円×4名=12万円/年
 ④日本の両親へお小遣い:100万円/年
 ⑤冠婚葬祭:10万円/年


 ①~⑤:合計2,420,000円/年


 ここから会社負担のエアーチケット、海外旅行保険、健康診断を引きます。


 実質負担:1,100,000円/年


 1)と2)を合計すると4,868,000円となります。


 1)合計314,000円/月×12ヶ月=3,768,000円/年
 2)1,100,000円/年
    ⇒3,768,000円/年+1,100,000円/年=4,868,000円



もし、お子さんが中学、高校とインターナショナルスクールへ通わるようでしたら学費20万円/月になります。


やはり、ベトナムで生き残る為には年収1000万円は必要になってきますね。


単身者であれば別問題ですが、将来結婚してある程度の生活を維持するのであればこのようになるかと思います。
もし、ご家族に我慢させるような事があれば、それではいずれ帰国することになるでしょう。10年以上、ここで生き残ることはできません。


恐らく、長くベトナムで生き残っている方は年収1,000万円以上はあるのではないでしょうか。


                                    つづく

ベトナムドリームを掴んだベトナム人

ベトナムパパ

昔、「アメリカンドリーム」という言葉を聞いたことがありました。
詳しくは知りませんが、ゴールドラッシュから始まり第二次大戦前までの繁栄の事でしょうか。はたまた、第二次大戦後に掌握した権益によるものでしょうか。
それは今回の話題ではないのですが、ここベトナムにも『ベトナムドリーム』が顕著化して目で見る形になってきました。


90年代のドイモイ政策から2000年代のアメリカとの国交回復、令和(新しい元号)の時代にはアメリカへの関税引き下げが牽引し経済発展が著しいと聞いています。


ベトナム在住10年クラスの街角日本人に聞いてみると


質問:ベトナムの経済発展を直に見てこられてどうでしたか。


回答:「ビルやマンション、大型ショッピングモールは増えましたね。バイクも車、I Phoneも買えるようになりました。 ただ、ベトナム人は何も変わってませんね。」


往々にして、経済発展を物質面では感じられるがそれ以外の進歩を感じられないというのが現地の日本人の声。



私もそう考えてました。ちょっと物が増えただけじゃないかと。


ただ、ここ10年で彼らの収入を比較するとやはり違いますね。


10年前にお金持ちと言われたベトナム人は政府高官(共産党員)、警察(共産党員)、国営企業経営者(共産党員)が殆どでした。
庶民から生まれた経営者は稀でした。大多数が共産党員でした。


しかし、今は違います。
ベトナム戦争で活躍した共産党員とその子孫は莫大な富を手にしているので言うまでもありませんが、それ以外の共産党員はもう影は薄くなっています。


今、もっとも輝いている(稼いでいる)のは庶民から生まれた経営者達です。
10年前は貧乏学生だった田舎出身の友人も今では成功し数億円の資産を築いています。


例えば、フエ文化大学を卒業したPhuongさん(1976年生まれ)、彼はベトナム中部有数の青年実業家として表彰されています。
彼はQuangTri省出身で学生時代は学費も払えず、知人から借金をしていた程です。卒業後も彼女とデートも1杯のコーヒー(当時3000VNDだったと思います)をお金が無いもんだから二人で飲んでました。
その彼が地元で成功し、今では数億円の資産を持っていると言われています。(秘密)


一方、ホーチミン市にも数億円の資産を築いた子がいました。
十数年前に私が会った時は、ホーチミン市内にあるTanThuan工業団地でワーカーさんとして働いていました。確か、月給5000円くらいだったと思います。自転車を買うのがやっとで、深夜までバイトを掛けもしてしていました。
中卒の彼女は夢を語ることだけは許されていましたが、それ以外は何も持っていませんでした。それから数年後、起業し今ではホーチミン市内に5千万円のマンションを二つ、2億円の邸宅を1戸、そしてポルシェを1台所有しています。(秘密)



恐らく、十数年前一般的なベトナム人は皆「ベトナム共産党ではないのでお金持ちにはなれない」と思っていたでしょう。
ベトナム戦争当時、南政府側である程度の地位にいた親族は三代まで(孫の代まで)公職には就くことを許されていません。


コネなし、金なしの状態からここまで上り詰めたベトナム人が生まれたのはこの時代だからです。


そして、数千万円の資産を築いたベトナム人レベルですと数え切れません。


ちょっと人より秀でた技術や知識があれば、簡単に独立し簡単に数千万円は稼ぐことができます。


皆さんの周りに「何でコイツが車乗ってんの?!」と言うようなベトナム人いませんか?


                                    つづく

ベトナム人従業員の給与公開

ベトナムパパ

テト明けから暫くし皆さんの会社でも少し落ち着きを取り戻してきたのではないでしょうか。テトの賞与、昇給、昇格、そして従業員からの不満爆発、最悪なのはストライキ状態になり労使交渉を行ったなんて会社さんもおられるのではないでしょうか。
結局、労使交渉を行えば大半の日本人は負けます。そして、仕方なく昇給せることが多いと思われます。そうは言っても工場を止めることができないから仕方ないのではないかとの声も聞こえてきます。この話題は長くなるのでまた今度とします。



さて、ベトナム人従業員の給与公開です。
あくまで私の友人の給与ですので、平均値ではありません。このような人もいる程度で見て頂ければと思います。


①31歳女性 ホーチミン市 日系飲食店 10年勤続 部長職 40万円/月


②24歳女性 ドンナイ省  日系製造業  2年勤続 一般 4万円/月


③19歳女性 ドンナイ省  日系製造業  1年勤続 ワーカー 2.5万円


④30歳女性 ドンナイ省  日系製造業  8年勤続 部長職 15万円/月


⑤38歳女性 ハノイ市   日系商社   10年勤続 部長職 20万円/月


⑥35歳女性 ドンナイ省  日系製造業   8年勤続 経理主任 15万円/月


⑦27歳女性 ビンズン省  日系製造業   2年勤続 一般  4万円/月


⑧35歳男性 ホーチミン市 越系IT関係   2年勤続 部長職  50万円/月


⑨40歳男性 ホーチミン市 米系IT関係   1年勤続 社長   100万円/月


⑩42歳男性 ダナン市   日系製造業   10年勤続 部長職  8万円/月


取り合えず、10名くらいのご紹介にしておきます。
これは従業員の給与になります。
個人事業主、大手企業経営者はまたの機会に譲っておきます。


                                   つづく

いい人材の集め方

ベトナムパパ

前回の続きになります。


やはりどうやってもいい人材が集まらないとお困りの声が聞こえてきそうです。


優秀な人材は待遇面も気にしますが、自分自身がこの職場で活躍または安定的に働くことができるかを見ます。
簡単に言うと「楽して稼ぐ」のに適した職場か。向上心がある人でも実力の半分くらいで余力を残しつづ長く働きたいものです。毎日、120%の力を出し切ると長続きはしません。



中国の故事の次のような言葉がありました。


「まず隗より始めよ」


解説:〔「戦国策燕策」にある郭隗かくかいの故事。隗が燕の昭王に、賢臣を求めるならまず自分のようなつまらない者を登用せよ、そうすれば賢臣が次々に集まって来るだろうと言ったことから〕


本当に優秀な人材は自身の力量や可能性を知っています。


私の友人で今、大手上場会社の取締役になった方がいました。
彼は新卒でその会社に入社した時に「この会社なら社長にまでなれる」と思ったそうです。裏を返せば、楽な会社なので自分の能力で十分に社長になれると若干22歳で思ったそうです。
それから、30年経った今彼は取締役で次期社長との声も出ているそうです。


もちろん、優秀ではなくても頑張り屋さんも採用したいものです。
この会社で自分の可能性を試したい、成長したいと向上心の強い若い人材も魅力的です。


                                   つづく